昭和53年8月10日 月次祭における御理解  【入力者:岡村和一郎】


 いよいよ夏のご大祭が近づいてまいりました。えー、野口さんが、あのように熱烈に夏期信行の(奉唱を神習?)をさせて頂きました。その、(   ?   )のことを、(でも?)申しますか、そのまま大祭に持って行けれるような、勢いのある大祈願祭にならなければならんと思います。やはり迫力です。迫力です。しかも、五穀豊穣、諸事繁盛の祈願のご大祭。祈願というのは、もういよいよ、やはり迫力がなからなければいけません。
 先ほど、学院から今日皆夏休みで帰ってまいりました。えー、(  ?  )が、あー今日は前講を務めておりましたが、私耳が遠いからよく聞こえませんけれども、最後のところだけ、えー、合楽の信心とは、親先生はどういう信心をなさるかと問われた時に、それが、ね、えー間違いなく、人にでも伝えられるだけの信心を頂きたい、と言うてお話を締めておりました。
 皆さんどうでしょうか。長年、合楽にご神縁を頂いて、えー日々朝参りをする、(  ?  )長い間の、もういわばご信心を頂いておられるが、合楽というところはどういう教えをなさるか、親先生はどういう信心に、まあいうならば徹しておられるか。ね。合楽の信心を一口で言うたら、ここだと、いうならば人にでも伝えられれるだけの信心を頂きときたいと、こういうのでございます。
 だからそれは、えっー、えー、言葉で伝えるだけならば、いいでしょうけれども、えー野口さんが言ってるのは、ね、伝えて相手の人にも、「ああ、そうか」と感心してもらえ、おかげを頂いてもらえれるほどしの、まあ信心を言うておるのであろうと思うのです。
 お互いどうでしょうか。合楽の信心とは、(確かもう?)合楽理念も商売は合楽理念をもってするほかないと言われます。もう百姓は、合楽理念をもってするほかないと。うん。だからもう合楽理念をマスターして、えーそのことを説かれると言やあ、まあそれまでなんですけれども。それを自分の血肉をするということは、やはり修行、その気にならなければできることではない。

 えー、先日から、中近畿の、えー青年教師の方で、今度、あちらで私の講演会がございますのに、いろいろ御用をして下さってある方が、最後の打ち合わせに見えられました。(それで?)話を聞けば聞くほど、まあ大変なことらしゅうございます。とにかく、うー、全国から100名の先生方を招待して、3日間のホテル、食事一切を、最後の、うーその、終わった時、うぉぇー終わった後の打ち上げまで、そのーおー中近畿持ちだというのですから、大変なこと。もう既に600万使ったと言っておられます。いくらかかるやら分からん。
 (笑)そういう意気込みで、まあなされておられるその先生方に、いうならば、合楽の信心と泉尾の信心が、こんな厚い大きな本一冊にまとめてある。それを、ここに、えー、何回も皆で見えられました時に、えー私がお話をしたこと、または、あー、大祭にお説教していたしております、それをそのまま掲載してございます。いうならば、合楽を評価してあるわけです。
 だから、あれを読むと、もう一通り合楽の信心がこうだ、ほお、そうかと。というように、例えばこう、おーぁー、あんなふうに普通ならお話できませんけれども、いうなら合楽の宣伝が、まあしてある。まあ宣伝と言うとおかしいですけれども、合楽の、もうすべてと言うてよいほど、細やかなことが書いてある。その上、ご信者さんをつかまえては、そのご信者さんから根掘り葉掘りのところを聞いて、もうこちらから、あートッ、あのーなんか、あのー例えば、(ちょうど?)今、正義先生ところへ、うーぇー、せ、先生が行って、そして先生から直に、いろいろとその昔のことから、あー尋ねておられる。その一問一答のところを、今日は読ませて頂いておるんですけれども。
 うーん、正義先生がね、お話をしてるんです。(そして?)、「こりゃもう先生、ここまででじゃない」ち。これをこうちょう、あ、後悔してもろうちゃ困りますよ、というて話したのが書いてある、そのことが(笑)。まあいうならば、赤裸々なことが書いてあるわけです。
 まあなかなか、やっぱ(大阪の方?)ですから、聞き、聞く方もだから深刻な、もう核心に触れるところをこう聞いていくもんだから、(話したに?)、そこを話さなければ、やはり、そのー、意味が分からない。(実はあんた?)こういうことまでというような、あー話もやっぱりしてございます。
 その中の一番語り出しのところに、私は実は、甘木の信心を親が頂いておりましたから、時折甘木にもお参りをさして頂いて、えー甘木の親先生の御教えも(等しく?)頂いておる。そして、あちらにお届けをして、まあ今日合楽にあることの信心の経路がずっと語ってある中に、最後のお参りの時に、甘木の初代がご神米に、「信心は我を殺す。ただちに生まれる」と書いておられるそうです。ね、信心は我を殺すとね、信心は我を殺すと、もうただちにほんとの信心がすぐそこに生まれるというわけなんです。
 私はそのことを初めて聞きました。しかもその、ご神米を肌身、肌身離さず、こうして頂いております、という話をいたしております。ね。もし私の信心をと問われたならば、やっぱりそういうようなことではないでしょうか。ね。
 いうならば我情を取り、我欲を取り、ね、そのことに精進し、尽くしておると言うても、よいのじゃないでしょうか。もう30年も前に、ね、私の梅鉢の紋所ですけれども、この梅鉢の鉢を取れ、この丸い(の?)を取れ。これが、これを取らなければ、大きくなれない。この中に(しまったら?)、ね。というて、私の紋が、いうなら、あの天満宮様のお紋と同じ紋になったのは、その時からであります。
 自分の我情を出すな、我欲を出すな。考えてみますと、あの時分の信心修行、もう、まあ既にあの時私が、表行を全部、全廃して、そして今から考えますと、ははあ、あれが心行であったなと、今にして思われる。いうならば、成り行きをいよいよ黙って受けていくということを、そのまま私の修行としたことでございます。
 これは、大変な、やはり心行であった。いうならば、行であったと思います。ね。後で考えてみて、それがいよいよ真の信心の、まあ入口であったとさえ、えー思われます。ですから、私の信心を一文にして言うたら、それこそ泉尾の先生じゃないけれども、合楽の先生の信心を、いうならばです、ね、もういうならば、ね、円熟な興に入っておられる。もう、いうなら、我情我欲を取ってもう神様のようになっておられる、というようなことが書いてある。だから今度、合楽の先生とお会いするとが楽しみだ、というふうに書いておられますけども、これは、いうならば、もう合楽から、ここまでだ、もうこれでおしまいだ、というのと同じことですよね。
 私は、24歳の青年教師だ。そして、求道に燃えておるのが私だと、自分のことを言っておられます。24歳で布教に出られた。あの(当時?)とひとっつも変わっていない。それこそ死に物狂いというか、もうそれこそ、死ぬる時でも七転八倒の苦しみを、の修行をさせて頂いて、この世を終わりたいというふうに話しておられます。大変(こう違う?)ようにありますけれども、よ-く考えており、おりますと、(理屈?)は、合楽と阿倍野は一致する。もう一致しなければおかげは受けられないです。例えば甘木の初代は、もうそれこそ枯葉一枚でもって大事にされた。電車に乗られるでも、もう、(真ん中に行きゃにゃんとには?)手前の駅で降りられた。下駄でも途中で履き変えられた。 久留米の初代は、それこそ教師としての、一つの威厳というものをです、もう例えば、帽子屋に帽子を買いに行かれると、一番上等の帽子をくれと言われたそうです。汽車は、当時、一番あー(一等席?)ですかね、一等車に必ず乗られた。ね。
 だから、いかにも天と地ほどの違うようにあって、神様を思う情念においては同じだということなんです。ね。私(  ?  )の場合はもう、ほんとに、にーえー、極、もう極端な違いを、話を聞いておりますと、私どもの話を、私はどういうふうに言っておるかというと、もう信心というものは、有り難うして楽しゅうして、しかも愉快になると言ってるんです。(そして先生がすると?)、反対のことを言っておられる。
 んなら、先生自身がもう32回も、おー海外による世界総助けにために、まあそういう運動に参画して行っておられるそうでございますけれども。ね、はああ、またヨーロッパまでも行かにゃん、またアメリカまでも行かにゃん、というのじゃない。もうそれこそ、喜びいっぱいで、そういう大変な御用にお遣い回しを頂けれるということを、先生、一つの誇りとも感じられるようなふうが見えるということです。
 七転八倒して苦しんで、そして信者の悩み、難義を持って行くと言われるけども、そういうことが、思えたりなされたりするということが、今日、ね、宗教者としての、まあ、値打ちだと。そういう思い方ができるということが有り難、というふうに言っておられます。ね、ですから、同じ(じゃにゃかにゃん?)。ね。ね、同じじゃなからなきゃ天地に通じないです。ね。
 そこでです、いうならば、甘木の先生が仰せられるように、「我を殺したら、ただちに信心がそこに生まれる」。そういう信心をだんだん身につける、それが我情を取っていき、我欲を取っていくということでございましょう。ね。
 そして、それになおかつ、私は、ね、小我を捨てて大我に生き抜けとも頂いておる。ちょ、小欲を捨てて大欲に生き抜けというものです。ね。もう大変誰よりも大きな欲を持っておる、誰よりも大きな我を持っておるということでございます。我ということは頑固というでしょうか。ね、頑固なまでの、いうなら神様を信じて疑わないというふうに、こう(昇華?)されておる。ね、(のぼるがそなたに昇華?)です。ね、大我、小ーさい人間の(ようしょ?)、小我とか、小欲というものは、もうかなぐり捨てておる。それこそ、神様が感じなさるほどしの大欲に生き抜こうとしておる。最近は、それを合楽に上にひしひしと感ずるのです。

 先日から、んんぅ~ん、えー、ね、皆さんも何回も聞かれたと思うんですけれども、ぅぅ、地球上に死相が現れた。いうならば、寒天危地だと。寒い天、危うい地と。それを歓天喜地にしていく。歓びの天、喜びの地にしていく。
 この頃、久留米の市長さんが、壮年信徒大会の時に、講演をなさいました。その(芯?)がそこにございました。水と緑に恵まれた、それに合楽精神をもって、(歓天喜地もよよ喜び?)、歓天喜地、久留米をその歓天喜地の和の都市づくりに精進しなければならない、というようなことを言っておられます。ね。
 ように、その、そういう地球上に死相が現れたと、寒天危地と言われるような、そこへです、先日から頂きますことは、合楽理念が発表されて、ね、今合楽で、ね、その地球上に夜明けを迎えようとしておるという意味のお知らせを頂いた。地球上、そういう、いうならば死相が現れるほどしの地球上にです、ね、いうならば、回春というか回復というか、ね。確かに、合楽理念をもってし、いうならば、あー、十三日会(ジュウサンニチエ)を、世界の隅々にも広げていこうとするような働き、しかもそれは、安易に普遍性を持った内容、どこの人にでも分かるだろうと思われる内容を持って、これが広がっていくという、そのものが、ここに合楽理念として発表された、できた、ということは、地球上に一つの、ね、夜明けを感ずる、という意味でございましょう。
 それから数日してから、テレビをちょっと見せて頂いとりましたら、えー、「地球の夜明け」か何かという歌が、今出ておるそうです。これはね、あの、おー、楽譜を始めに書いて作った歌、もういきなりに作って、いうならば(あいらくりょうです?)。いや、神ながらに、その歌が、曲がでけたというところの説明をしておる。私が頂いた言葉とそっくり同じだったから、あの、ちょっとびっくりしました。まあ、聞いたことはございませんけれども、そういう私の頂いておることに、一つのこう、裏づけをして下さるかのようなね、「地球の夜明け」か何かというような歌がでけてるのです。
 それ昨日、あはっ、う-ん、桜井先生が、帰りがけに、横におられ(た方?)が新聞を読んでおられる。その新聞に、そのー、地球が、いうならば、あー、もう破滅するというふうに言われておったけれども、ね、最、ぅー、その、その何とかという、まあ学者の方が書いておられる新聞に、ここ2千年は、またその、大じょうぶだといったようなことが書いてある記事を横で見て、そして、自分も帰ってみてその新聞の見て、今日は、切り抜きにしてから、今日持って来て下さいました。
 ね、こういうようなことも、いうならば、私が言っておることが、大我、大欲というか、の一つの現れなんです。ね。「世界に和賀心時代を」というようなのも、やはりそうなんです。ね。「海外布教は合楽理念をもってする他はない」というふうに申しておりますこともです、これは私の大欲であり、そしてそれを大我をもって、頑固に、までに、それを執念をもって(    ?    )というような、そういうことが大我であり、大欲である。

 今度の大阪講演などでも、いよいよ、合楽の信心が日の目を見る時期がきた、そんな感じがするんです。ね。ただ合楽が宣伝されるというのではなくて、合楽の信心が、もし教団の中に入って広まることになったら、ね、金光教の流れが変わるです。ね。金光教の流れが変わるほどしの、いうならば金光教に立ち返った時にです、和賀心時代を金光教全体の者が、「和賀心時代を世界に」ということになれば、大きくなるでしょう。ね。
 それにはまず、何と言うてもです、私ども一人ひとりがその実証者。もう今度の大阪行きには、あちらの方から、今度は、あの、うーん、えー、入場券を取っての講演会ですからね、入場券をこの頃から持って来て下さっておる。それが30枚しか置いてないんです。ところが、行きたいという(    ?    )じゃないけれども、もう私(どん?)年寄りがと思うて、遠慮したりなんかして、よーっと考えよったら、これはそげなこっちゃいかんと思いますちゅうて、(今日お届けされるんですよ?)。
 これはもう冥土の土産にどうでもこうでも行かないかんち。もう、年寄りだから遠慮しとく(   ?   )やけん、もう冥土の土産に一つ、今度は大阪講演のお許し頂きたいというようなお願いをなさっておられます。
 ですから、あはぇっん、うー、えー、これなんかは、いよいよ合楽の信心が世に問われる。それはそのまま世が助かることである。ね。いよいよ、和賀心時代を世界に広げていこう。それにはです、私は30名の方達が行く(  ?  )、その顔ぶれが載った申し込み書に書いてあるのを見せて頂いたけれども、どの人でも、ね、それぞれの立場、職場においてです、もうとにかく、合楽理念をもってする他はない、というようなささやかながらでも、その実証者で皆があられるのに、ちょっと驚きました。ね。
 これはもうどうでも、3日間、講演会のその日だけというのが、あー30名ですけども、3日間ありますから。もう私はあのー、12日からですか、行ったらすぐ先生達の講演会に出らなきゃなりません。ね。
 そういう、あのー、まあ、ぎっしり詰まった、あースケジュールの中で、まあ行動するわけですから、これはもう、(    ?    )数の上にもいよいよおかげを受けなきゃならんと思っておりますけれども。ね。
 それに、はじめ、えー、ここにあの、伊万里の市長であります竹内先生が、そのことを聞かれて、ちょうどそのこ、その頃が、自分の会議もなんもなくて、体が空いとる。だから、ぜひお供をお願いしたいというて、一番に(お取次?)ありました。
 その次に、末永先生がどうでも、その次に、親先生お供、私はそん中に入れて頂いとるでしょというて、(  ?  )さんが言われます。この3人だけはどうでも、だから一緒に(   ?   )。
 ところが、あー、総代さん方が、あ、たけ、えー、高橋さん、久富正義先生と文男先生が、あー3人(   ?   )改めてのお届けがございました。一緒に行動さしてもらう。だからもう、向うにホテルなんか取ってもらわんから、先生がホテルを取っておられる、そのホテルに自分達も、今日申し込んで、えーおきたいというお届けがございました。ね。
 だから、その3人の人達の、いうならば合楽理念をもって実証するというか、いう人達ばかりである。ね。実証がでける。んなら、あーその、合楽理念をもってすればという、うー、( ? )がです、また売れたまた売れたということばっかりではない。今の、えー高橋さんの場合なんかは、非常に今、修行を、のところなんです。けれども、それがもう寸分違わぬほどしの、合楽理念をもっての修行である、という、神様の働きであるということを感じずにはおられないほどしの、合楽理念をもっての修行に取り組んでおられるということですから、やはり、見本になるよ。
 30名のどの人を見ましても、「合楽理念をもってする他はない」というほどしのおかげを頂いておられる方達ばっかりが、あはっ、商品見本のようにして言って下さる。
 もし(  ?  )私のことですから、ね、「こういうおかげを頂いた人があります。何々さん、(買って?)下さい」と言うかもしれません。あの人が今話したそうなんですよと。「この人はこういうおかげを頂いた人ですよ。(  ?  )(女方?)、手を上げてください」というようなふうに言うかもしれません。ね。
 もうそれは、ほんとに、そういうおかげをだんだん頂いてまいりまして、だけではありません。もっと広く大きくおかげを、もっと、いうならば合楽にご縁を頂いておる人すべてが、ね、野口さんがさっきお話をいたしておりますように、ね、それこそ合楽の信心を問われたら、堂々と、合楽の信心とは、また、合楽の親先生とは、とお話しができれるような私になりたい。それには、私が親先生の言われることを聞いて、頂いて、行じて、ね、そして「こういうおかげも頂ける、頂いたこともあります」というお話じゃなからなければ、空話になってしまう。そういう、いうならば説明でもでけれる私になりたい、というふうに野口さんは言うております。
 皆さんの一人ひとりも、やっぱりそうなんです。ね。ただお取次を頂いて、おかげを頂きました(んに?)留まる。それならば、どこの教会(にだってやってる?)ことは同じじゃ。ね。私の、このこと(  ?  )、もう合楽理念をもってする他はない。いうならば、最近、健康管理ということはもう、合楽理念をもってする(他?)はない。

 この頃、私は、田主丸の小野先生が来るたんびに、そのことを話すんです。注射する時、薬をもらう時に、「はああ、この注射は毒だけれども、この薬は毒なんだけれども、どうぞ神様、この毒薬変じて薬になりますように、というて願いなさい」ということを言うんです。
 この頃から、あのー、あの人何かな、えー、何とかやったな、(兵隊の?)。ああ。痛風、痛風で大変難義しとったのが、もうほんとに見事におかげを頂いた。現代では、その痛風の治療法がないそうです。それが、いうならおかげを頂いたという、その自分が実感しておる時ですから、(皆私?)、そのお医者さんですからね、そう言うんです。
 ね、これはもうほんっとにそうです。薬は毒です。ですから、変じて、どうぞ薬になりますようにというのが、祈れ薬れだということだと思うんです。私、石けんを使わせて頂くでも、ね、この石けんが毒になりませんように。毒なんです、実際に。私の(実家の方?)の父なんかは、93になるまで石けんを使うたことがございません。それでもあんなにツヤツヤしてます。ね。
 けども、私どもはやっぱりあのさっと、こう、すきっとしたがよいから石けん使いますけれども、どんなええ石けんでもやはり体に毒なんです。その証拠には、私は、に、それを使った(ごと?)石けん負けしたりしましょうが。あれは毒の証拠です。
 ですからね、使うなじゃないです。ね。その、毒でもありましょうけれども、変じて薬になりますようにという祈りを持つということがです、いうならば合楽、うー、り、いや、健康管理は合楽理念をもってする他ない、といったようなことになるんです。だから、そういう徹底した、その生活の中にです、ね、合楽理念が入っていかなければなりません。そして、確かに健康管理は合楽理念をもってする他はない、と断言でけれるような話を人に伝えて、初めて合楽の信心を伝え得るということになると思うです。ね。どうぞ、16日の、うー、あー祈願祭には、ね、それこそ割れるような祈願祭に、おかげを頂きたい。それこそもう、修行で、え、うー、え、もうお互い喉をつぶしてしまうほどしに、えー信行をやりましたけれども、その仕上げのような気持ちで、えー16日のご大祭を頂きたいと思います。どうぞよろしゅうお願い(します?)。